血筋で出来た集団ごとにまとまっているわけで、人が増えて集団が分裂するたびに氏族名が足されていったのではないかと思います。
テムジンは
蒼き狼(モンゴル族)
アラン・ゴア(ニルン系)
ボドンチャル(ボルジギン氏)
カブル・カン(キヤト氏)
         の血筋となる。
        家系図

←例えば、フビライの乳母はトゥルイの側室で、乳兄弟は
庶子の義弟です。
庶子は生まれた時から部下扱いなわけです。

テムジンの第一次即位は、タイチュウト氏に対抗するために
キヤト氏をまとめるハンに選ばれたものでした。
まだチンギスとは名乗っていないとされる第一次の即位は、
本当にあったことかどうか疑問視する向きさえあります。
庶子ではないにしろ、この程度の血筋の人は山ほどいたので、
都合が悪ければいつでも取り替えられる面もありました。

  ↓第一妃が子供を生まなかったとき、 
    こうなるのではないかと
モンゴルでは骨を父に、血肉を母にもらうという考え方なので、
外孫(娘の子)だと、嫁ぎ先の旦那の骨になるのです。
女性の地位が低い中国では、母親がダンサーでも、炭焼きの娘でも、父親が皇帝なら皇帝になれるのと対照的です。中国のように、愛が醒めたからって簡単に廃されたり殺されたりする妃もまずいません。
婚家の力は非常に重要で、例えばボルテの父デイ・セチュンは、初期テムジン陣営の重要なバックボーンでした。
モンゴルでは女性にも財産が分与され、結婚する時に持ってきた女性の財産は夫のものにはならず、女性の個人資産として管理されました。
夫が死ぬと、その資産も残された妻が管理したので、エスガイの死後、エスガイの財産はホエルンが管理していました。帝国成立後の財産分配で、末弟テムゲの取り分が一番多いのは、ホエルンの分とあわせたからでした。